XJAPAN PATAのギターの画像集!レスポール

XJAPAN PATAのギターの画像集!レスポール XJAPANメンバーの魅力
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XJAPAN PATAのギターの画像集!レスポール

PATAといえばレスポールを弾いているイメージがありますが、HIDEの派手なギターとは違い昔ながらの趣のあるギターを持っているイメージがあります。
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ちなみにデビュー当時の使用機材です↓
デビュー当時「BLUE BLOOD」での使用機材
G. レスポール
バーニー・レスポール
P.U. ダンカンJB
AMP. PEAV VT-M120
マーシャル
ブギー
SP. PEAVEY
Efecters
ローランド Dep5
ハッシュ ⅡBX
ADA MP-1
KONG Disitalチューナー
EX-Pro ワイヤレスシステム
YAMAHA グラフィックイコライザー
マーシャル オーバードライブ
Boss コーラス
Boss デジタル・ディレイ
少し時代を感じる部分もあるかもしれないですね。
PATAといえば教則DVDも出しているほど、Xの中でも演奏が上手いプレイヤーです。
安定感のある「刻み」でXの音楽を支えてきました。
ギターといえば、リフやソロなど派手なプレイに目がいきがちですが、HIDEもリフやソロ以上にこだわったと言う刻みのバッキングはとても重要です。
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楽曲を通してギターのバッキングが曲の雰囲気に影響を与えます。

そんな重要なXの「刻み」を支えたPATAのギターを見ていってみましょう。

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1972年製のギブソン・レスポールカスタム

PATAというと茶色や黄色のギターを持ってるイメージがありますが、デビュー当時は黒かったんですね。
18歳ぐらいのときからの付き合いで、通称「常務くん」とPATAは呼んでいます。音作りで行き詰まった時に使うと、解決するらしいです。再結成後も使っていたので大分長い付き合いですね。X206.jpg

1959年製のギブソン・レスポールスタンダード

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PATAがメインとして使用している愛用ギターです。通称「1号」。
PATAは「本妻」と呼ぶ時もあるようです。
Xのアルバム「Jealousy」のレコーディングでアメリカに滞在している時に、当時2万ドルで購入したみたいです。

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1960年製ギブソン・レスポールスタンダード

通称「3号」と呼ばれており、1994年頃(93年6月頃と紹介している書籍あり)に入手したギターです。入手時は鮮やかなチェリーサンバーストでしたが、ほどよく褪色してきています。ゼブラカラーのP.A.F.を搭載しピックアップカバーは外されています。ボリューム・トーンノブは、メタルキャップのトップハットノブ。チューニングペグはギブソン社が1960年から採用したクルーソン320VP2コブタイプ。ほとんどオリジナルコンディションを保っています。

1954年製のギブソン・レスポールスタンダード(1955年製という説もあり)

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このギターも結構長いですね

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ボディの右腕が当たる部分の塗装がボロボロだったが、PATAが「そのままがカッコイイ」と言って再塗装はせずそのまま使用している模様。
昔はサブで使用していたが、現在はメインとして使われているみたいです。
X JAPANのライブでは「Rusty Nail」や「WEEK END」(後期ライヴ・バージョン)などノーマルチューニングの曲で使用されました。

同じギターをよく使っている印象がありますね。
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ダブルネックのギターです。レッド・ツェッペリンのジミーペイジが好きなPATAが一度は使って見たかったというギター。たしかにダブルネックかっこいいですよね。

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PATAにしては珍しい形ですね。

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再結成後のほうが色々手をだしてるのかな。

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XJAPAN PATAのギターの演奏技術

PATAとHIDEはどちらのほうがギターが上手いのか?という話題はよく出ます。
HIDEはとてもカリスマ性があり日本ロック史に名を遺すギターリストですが、演奏技術だけでいうとPATAの方が上手いと言われていました。特に、Xの曲にあるギターのバッキングの「刻み」は安定していましたし、「速弾き」も得意のようでした。
HIDEもかつてインタービューでPATAのギターテクニックについて下記のように答えています。

PATAはすごいギター・オヤジだよね.昔は部屋の中にこもって,ふたりで曲を作ったりもしてた.ヘンな速弾き男.とても速弾きする人には見えないんだけど,けっこう,速弾きも好きなんじゃないかな.めったにやらないけど,「速弾きやってよ」っていうと,ビャ~ッと弾いてくれる.でも,何弾いているんだか,さっぱりわからないんだけどね(笑).それが,またいいんだよ.困った時のPATAの速弾き.オレがそういうのできないから,頼むとやってくれるんだ
引用:ロッキンf別冊「PATA’s Guitar Book」(立東社発行)
「PATA’S FRIENDS 親しいミュージシャン友達やスタッフがPATAに送るメッセージ」
取材:大島暁美 (1994年1月31日発行)
HIDEは最初Xに入ったとき、速い曲が弾けず苦労したそうです。
PATAはHIDE加入前からXでギターを弾いていたので、速い曲にも慣れていたようです。
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XJAPAN PATAの基本情報と魅力

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愛称は「石塚(大)先生」。
あまり気にしない性格。
髪の毛をモヒカンにした時、HIDEに横を剃られたが少し寂しい顔をしただけだった。
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Xは個性が強いメンバーが多いので、PATAのように細かいことを気にしない人がいることはバンドを運営する上で意外と重要になってくるように思います。
そういう意味では、Xというバンドを支える接着剤のような役割を持っていたのはPATAかもしれません。
気づかれにくいけど、大切なポジションだったのですね。

色々変わったメンバーが多い中で、唯一デビュー当時から変わらなかった男。

ギターの刻みのバッキングがとても安定しており、単純に演奏技術だけでいえば、もしかするとPATAが一番上手いかもしれませんね。

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この時のPATAカッコいいですね!

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PATAはかなり早い段階で今の髪型になっていたので、そこからほとんど変化がないです。
再結成後の変化もヒゲが生えたぐらい。
髪型はレッド・ツェッペリンの影響かな?
なぜかウイスキーのジャックダニエルのTシャツ良く着てました。

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片方は人形のはずですが、、いっしょやん!
どっちがPATAかわからん!笑

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XJAPAN PATAの性格が分かるエピソード「究極の傍観者」

XJAPAN PATA 「究極の傍観者」

PATA HIDE

PATAはXJAPANの中で「究極の傍観者」と呼ばれています。このあだ名をつけたのは、ライターの市川哲史で、彼はXJAPANのメンバーとも親交が深く、交流のエピソードなどを書籍にまとめています。このニックネームがついた代表的なエピソードが次の話です。1994年4月14日(市川哲史の酒飲み日記参照)ライターの市川哲史とXJAPANのHIDEが酔っ払って殴り合いの喧嘩をしたそうです。その時、PATAも居たそうなのですが、二人が喧嘩してる間は、電柱の影からそっと二人を見守っていたそうです。20分乱闘した後、2人が仲直りして「飲み直そう」と言った瞬間「遅かったな、待ってたぞ~(微笑)」と言って現れたとのこと。市川さんは「止めろよ、喧嘩を。」と心の中でツッコんだそうです。市川さんは、PATAに「究極の傍観者」の他に、「ロック界の三年寝太郎」、というニックネームも付けています。

XJAPAN PATA 電車のエピソード

いつものように渋谷で飲んでいたPATAは、朝7時頃、自宅へ帰るため山手線に乗りました。しかし、自宅に着いたのは、なぜか夕方の4時頃だったそうです。
PATAは、山手線の中で熟睡し、何周も回っていたとのこと。
PATAの話によると、「俺はまだ、座って寝てたからいい方だよ。人様に迷惑をかけてないからね。でも、どっかのバンドのドラマーのYさんとかいう人は、ラッシュの山手線の座席で、横になって寝てたらしいよ。ひどいヤツだよね~」
そして、そのYOSHIKIの周囲は、ラッシュにもかかわらず、席が空いていたそうです。

XJAPAN PATA ART OF LIFEのエピソード

ART OF LIFEの楽譜が完成し、YOSHIKIから手渡された時、それが大学ノート一冊分あったため、PATAは、受け取った瞬間、やる気がなくなったそうです。

XJAPAN PATA 「ゆず」とのエピソード

1999年の横浜アリーナでニッポン放送のイベントに参加していた音楽ユニット「ゆず」がライブ後、共同の楽屋に戻るとクーラーボックスがあったそうです。クーラーボックスを開けたら、そこにキンキンに冷えたビールがあったので我慢できず飲んでしまったとのこと。実は、そのビールはPATAのビールだったのです。マネージャーらしき人に犯人捜しをされて、見つかってしまったとのこと。PATAとは一昨年の紅白歌合戦の楽屋で和解したという。

XJAPAN PATAのエピソード「かばん」

PATAはかばんをほとんど持っていないのか、楽屋の映像を見ると、お店の袋にモノを入れたり、風呂敷にモノを入れて運んでいます。

XJAPAN PATAのエピソード「一番最初に買ったCDは?」

PATAはTV番組ダウンタウンデラックスに出た際、一番最初に買ったCDは「ビートルズ」と答えていました。

XJAPAN PATAのエピソード「100万円の小切手」

Xのインディーズアルバム『VANISHING VISION』の売り上げをメンバーへ分配金として配られることになった時の話です。100万円の小切手を受け取ったときに、PATAはウイスキーボトルと一緒に無造作に尻ポケットへ突っ込んでそのまま帰ろうとしました。その時、メンバーの見ている側からその小切手を落として気付かないまま帰ってしまったため、メンバーが慌てて呼び戻したということです。

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PATAの東京ジャーナルのインタビュー

TJ: 音楽を始めたきっかけについて教えてください。

PATA: 中学生の時、妹がアコースティック・ギターを持ってたんですよ。それでテレビとかでチープ・トリックとかを見てちょっとギター弾いてみたいなーと思って。それで触ったのが初めてかな。

TJ: 譜面を読む勉強をされましたか?

PATA: はい。楽譜や本を見てよく練習しました。

TJ: 譜面を読むのは得意ですか?

PATA: いや(笑)。

TJ: 初めてバンドに参加したのはいつですか?

PATA: 16歳の時、高校の友達と一緒に始めたのかな?Head Rockか、Black Roseっていう名前のバンドだったかな。ちょっと忘れちゃった。ギターでした。アイアン・メイデン、ラウドネス、ジューダス・プリーストのカバーを2年ほどやってました。その後、オリジナルの曲をやるバンドをやったかな。そこでドラマーが抜けてしまって、でYoshikiに会うわけです。それが1985年。19か20歳の頃でした。YoshikiとToshiはXをやっていて、でもXはメンバーがToshiしかいなかった。Yoshikiは3週間くらいうちのサポートをしてくれていて、それで知ってました。で、Xがギタリストが抜けてしまってメンバーを探していたと。ある年のお正月ぐらいにYoshikiから電話がかかってきて、ギターを弾いてくれって言われたんですよ。そこからなんか知らないけどずるずるといますね。それが始まり。

TJ: X Japanのどんなところが特別ですか?

PATA: メンバーだからわからない。だってね、中にいるからわかんないよ。

TJ: ToshiさんとYoshikiさんについて教えてください。

PATA: Toshiは歌うまいよね。Yoshikiは、何だろう、あのドラムには持ってかれます。そこに尽きるんじゃないかな、もう。エネルギーの塊みたいな奴だから。最初に昔やってたバンドに入ってくれって言ったことがあるんですよ。だけど、逆にXに入ることになっちゃった、みたいな。

TJ: HEATHさんについてはいかがですか?

PATA: HEATHは途中から入って、頑張ってくれてるよね。とても寡黙と言えば寡黙。割とおとなしいかな。あまりしゃべらない方だけど、フレンドリーな人ですよ。

TJ: Yoshikiさんから、PATAさんはお酒を飲むとよくしゃべると伺ったのですが。

PATA: その通り。今度はぜひお酒を飲みながら。その方が楽だ。

TJ: SUGIZOさんについて教えてください。

PATA: SUGIZOはLUNA SEAやってる頃から知ってる。一緒にギターを弾いたのはXで初めてかな。バンドで一番気を使ってくれる人かな。

TJ: SUGIZOさんとPATAさんはよくライブの後一緒に飲みに行かれるそうですね。SUGIZOさんがお二人は昔ながらのロッカーで、ライブの後には飲みに行かないと気が済まないとおっしゃっていましたが。

PATA: うん、セットだからね。ライブとお酒。

TJ: デリケートな質問ですが、亡くなられたHIDEさんとTAIJIさんとの良い思い出について教えてください。

PATA: 一番良いのはやっぱり一緒にステージに立ってられたことかな?まぁあとは一緒に飲んでたぐらいかなぁ。

TJ: マディソン・スクエア・ガーデンはいかがでしたか?

PATA: まぁ楽しかったなっていうのが一番なんですけど、うーん、なんだろう。ステージに立てて良かったなーと思うかな。マディソン・スクエア・ガーデンの。特別な思い入れはありました。レッド・ツェッペリンの「The Song Remains the Same」で育った人ですんで、一緒かと思えば、ちょっと嬉しかったの。

TJ: 横浜アリーナで再びライブをしていかがでしたか?

PATA: あぁ、久しぶりだったしね。とりあえずどこでも楽しいかな。おっきくてもちっちゃくても、どこでもとりあえずステージの上は楽しいや。

TJ: 海外に住まれたことは?

PATA: ロサンゼルスでアパートを借りたことがあります。3~5年くらい。

TJ: 将来海外に住む予定は?

PATA: 明日の飯の予定も立ってねぇからな・・・わかんねえっす。

TJ: 夢は何ですか?

PATA: 死ぬまでギター弾いてられたらいいかなぁ。そんなもんでいいんじゃないっすか(笑)。

TJ: マディソン・スクエア・ガーデンが終わって、これからライブをしたいところはありますか?

PATA: うーん、どこにしよっかな・・・ヤンキース・スタジアム(笑)

TJ: 若いミュージシャンに向けて何かアドバイスはありますか?

PATA: やってりゃ楽しいことあるんじゃない?ってか、keep on rockin’ってことじゃないですかね。

TJ: ありがとうございました。PATAさんはクラシックなロッカーですね。

PATA: 俺をクラシックにしないでくれ(笑)。まだ生きてるよ(笑)。

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